目指したのはオンリーワン 鉄工所しか成しえない逸品を。
挑戦:自社開発製品のBtoCで、鉄鋼業界からアパレル業界へ展開
成果:大阪製ブランドに認証され、売上も順調。本業にも好影響
ステンレスのパンチングメタルでボディをつくり、ショルダー、リュック、クラッチバッグなどを展開。写真は新商品のプチバッグ。その手頃な大きさと上品な風合いは、着物や浴衣姿のときにも最適
経営危機からの大転換、ユニークな発想でヒットを狙う。
毎日つくっていた金属の塊が、ある人にとっておきの愛用品になる。それは新たな価値の発見。そして鉄工所にしか生み出せないイノベーションが、新たな道を切り拓く。この10年ほどで三陽鉄工所がたどった道のりは、ひとことでいえばそんな物語。
1959年創業の同社は板金を中心に、取引先からの発注を受けてさまざまな部品を製造してきたが、海外メーカーからの価格攻勢などもあり、昔ながらの真面目にコツコツというやり方だけでは売上確保が難しくなってきた。追い打ちをかけるように2011年の東日本大震災により、原発関連部品の受注がなくなって会社の存続が危ぶまれることに。
そこで熊代和子社長は決断する。「独自路線でマーケットを開拓していく方向に踏み出そう」と。事業の多角化を進めるために社内で募った企画に、社員が婦人用バッグの開発を提案する。「しかし原材料をイチから仕入れるとなると、コストがかかる。工場にあるものをなんとか再利用できないか」と、探していた企画営業部の佐谷和彦氏。彼の目に止まったのは、以前の仕事で使っていた金属の端材。「パンチングメタル」と呼ばれる、厚さわずか0.5ミリの薄いステンレスだ。「細かな穴が開いているので金属でも軽く、これはバッグに使える」と直感。いずれスクラップにされる運命にあるものが、このときばかりは「光り輝く宝の山」に見えた。
鉄工所×アパレル、異素材を引き立てるケミストリー。
金属加工とアパレル、まったく相容れないものをひとつにする。パンチングメタルを機械で曲げて、バッグの形にするまでは現場作業でできた。さてそこからが問題。佐谷氏の頭のなかでは、完成したバッグのイメージはできていたが、いざそれを具現化するとなると苦労の連続。革や合皮と金属を接着するにも、うまい方法が見つからない。あれこれ試した結果、鉄工所の得意分野である様々な作業を応用した特殊な圧着術を編み出し、そのための治具もつくりだした。これは簡単そうに見えるがとても面倒な作業であり、ましてやアパレル業界の技術では不可能なもの。こういった鉄工所ならではの技術力、そしてシャーリングレザーに塗装を施すなど既存のバッグづくりに携わる人からは生まれてこない発想も新鮮だ。
金属の持つハードさに革や合皮、西陣織など異素材との組み合わせは、エッジの効いたシャープさを持つかと思えば、ときに上品な顔ものぞかせる。異なったもの掛け合わせることで生まれる化学反応のように、それぞれの素材の魅力を際立せる効果をもたらしている。パッケージやカタログも自社で製作した。カタログの写真モデルには女性社員や社員の家族を起用するなど、全社一丸でバッグビジネスに取り組んでいる。ユニークな発想や新しいアイデア、そしてフットワークの良さと団結力という、小規模なものづくり企業だからこそ生まれた商品だ。ブランド名を「esu」と命名されたこのバッグは、2017年5月に開催された大阪高島屋の催事『OSAKA E-MON2017 SUMMER』に出店すると、なんと1週間で70個以上販売され、驚きの売り上げを叩き出した。メデイアでも取り上げられ、さまざまな業界や個人から製作の依頼が殺到したが、あくまでオールハンドメイドの製作体制を崩さずに売上を順調に伸ばしている。2018年2月には2017年度の「大阪製」ブランドに認証された。「大阪製」ブランドに認証された後、催事などで「大阪製」のマークを掲示すると『大阪で作られたモノなんですね!』と良い反応を得られている。
魅力的な商品が、人を惹きつけ、仕事を呼び込む。
ほかでは見ることのないオンリーワンの商品の魅力、大量生産できない希少性も加わり、esuバッグは人を惹きつけてくる。「大阪製」ブランドの認証を受けてからは、府が実施する「大阪製」ブランド認証製品の展示を見た等、商品への問い合わせが増え、esuバッグの購入につながったこともある。また、知名度が上がることで「見て触って買いたい」という声も増え、わざわざ工場まで訪ねてくる人も。そういうファンの声に応えて、今年は工場の2階にショールームをつくった。商品に魅力を感じる人びとが有機的につながる現象も起こっている。最初は生地屋からはじまり、革や合皮や金具の仕入先、はては縫製の職人まで紹介してもらえた。「今では革の縫製を長くやってきた84歳の熟練の職人に、“こんな職人冥利に尽きる、面白いものを手がけてみたかった”と手伝っていただけて、仕上げのレベルが上がっています」。この職人が製造に関わるようになってから、難易度の高いアイテムにも挑戦できるようになった。また顧客からの貴重な意見をフィードバッグし、小回りがきくぶん細かなアップデートを重ねて、使い勝手も良くなっているという。そんな好調な新規事業に対して佐谷氏は冷静だ。「これをきっかけに本業に仕事が戻ってくることこそ本意。私は営業職なのでバッグをネタに営業するつもりでしたが、逆にバッグを知った方から“板金の仕事でこういうものをつくれませんか”と足を運んでもらえる機会が増えて、相乗効果を生んでいます」。
今までは金属加工だけをやってきたが、「環境に優しい焼却炉装置を、イチからつくって欲しい」という開発依頼があった。現在は完成に向けて改良を進めている最中。経営危機からまもなく10年。いろんな種を蒔き終えて、今は大輪の花が咲くのを待つばかりだ。
プライベートの時間はどうされていますか。
仕事だけでなく、小学校のPTAの会長やポートボール監督(子ども会)もやっているので、今は忙しくて自分の時間が全然ないですね。私は妻を病気で亡くしており、中1の息子と小6の娘を抱えた父子家庭なので、子どもの成長する時期をできる限り一緒に過ごしたいと考えていて、そういった活動にも積極的に参加しているんです。
5年後、10年度、今後のビジョンはお持ちですか。
このバッグのおかげでさまざまなメディアに取り上げられていますが、あくまで「本業ありき」なので、相乗効果が出てきてほっとしています。ただそれだけで終わるのではなく、バッグを盛り立てつつ、本業での新規開拓を目指しているので、会社を立て直すくらいの勢いで頑張りたい。そして5年後、10年後にも、普通に存続している会社でありたいですね。
企業概要
- 企業名
- 株式会社三陽鉄工所
- コア技術
- 金属プレスの加工技術
- 代表者
- 熊代和子
- 住所
- 大阪市住之江区南港東3-4-20
- 電話番号
- 06-6612-3231
- 企業HP
- http://www.santetu.jp
- 資本金
- 1,000万円
- 従業員数
- 14名
HP:https://www.customizebag-es-butterfly.com
認証:経営革新計画承認企業、大阪府・新商品の生産等による新事業分野開拓事業者認定事業、大阪製ブランド2017