MOBI,TALK
ものづくり企業ならめざしたい
「匠」企業、そのメリットとは。
大阪府内のものづくり中小企業で、「高度な技術力」「高品質・低コスト・短納期」など総合力が高く、市場で高い評価を得ている企業を表彰する、大阪ものづくり優良企業賞「匠」。2008年から14年続く顕彰制度だ(2020年度は新型コロナウイルス感染症の影響のため募集中止)。昨年の時点で846社が「匠」受賞企業となっている。申請時の現状分析や見つめ直し、知的財産の洗い出しなどによる「自社の強み」の発見、受賞による社員のモチベーションのアップなど「匠」企業をめざすことから得られるメリットは大きい。またその後、国の「ものづくり日本大賞」に選定される企業を輩出するなど、大阪の製造業にとっての「登竜門」的な存在でもあり、その後BtoC向けの製品を対象とする「大阪製ブランド」認定にチャレンジする企業も見られる。今回は「匠」企業3社の代表が集まり、「匠」受賞以前と以降の変化、これから進む道などを語り合った。
「匠」企業になることで、
町工場のイメージから脱却したい。
内野 そもそも大阪ものづくり優良企業賞「匠」(以下、匠)は、みなさんどうやって知られたのですか?
武林 うちの場合は、八尾の中小企業サポートセンターから紹介されたんです。当社には大阪府優秀技能者表彰(なにわの名工)に選定された職人が3人在籍しているのですが、そのうちのひとりが「八尾ものづくり達人」に選ばれ、それが縁でサポートセンターとおつきあいが始まりまして。応募したのは2008年、匠が開始された最初の年になりますね。
内野 それはすごく早いですね。
武林 私が入社した頃、当社は「いかにも昭和の町工場」という雰囲気だったんですね。それが嫌で嫌で。なんとか脱却したいという思いをずっと抱えていて。その方法のひとつが賞を取ることだったんです。
内野 外から評価されたことになりますからね。
武林 そうなんです。対外的な評価が欲しかったし、それをきっかけに変わりたかった。先ほどお話したように職人が個人で賞をいくつかいただいたので、今度は会社でもチャレンジしようという流れになりました。
内野 うちはその2年後、2010年の受賞ですね。鍛造業界には近畿鍛工品事業協同組合というものがあり、定期的にいろんなインフォーメーションをいただけるんですね。あるとき、顧客である会社が匠の前身の「大阪フロンティア賞」(正式名称:「賞(匠)by繁盛 大阪フロンティア賞」)を受賞したというニュースを目にしました。さらにその後、知り合いの会社も匠を受賞した。そこではじめて「匠って何だ?」と気になって調べ、アクションを起こしたんです。
菊澤 当社は2016年の受賞なので、みなさんの中ではいちばん最近ですね。私自身は匠についてまったく知らなかったのですが、社員がどこからか情報を仕入れてきて「こういう顕彰制度があるらしいので、一度出してみてはどうでしょう」と提案された。そこから彼らがMOBIOに相談に行って、申請書も作成しました。だから私は申請書をチェックしたぐらいしかやってないですけど(笑)。
武林 最初はそうなりますよね。顕彰制度についてもよくわからないし。
内野 うちは申請書も私が全部書きましたよ。以前、経済産業省で創造技術開発事業に認められた時に申請書を書いているので意外とスムーズに進められました。
菊澤 そうこうしているうちに申請途中からMOBIOの担当者が会社を訪れて、積極的に対応していただけた。同時に「プラ技研さんなら、優良企業賞受賞企業のうち、知的財産への取組みが優秀と認められる企業を表彰する知的財産賞も狙えるから、こちらも出しましょう」となった次第です。
内野 匠と知的財産部門、同時受賞なのですね。
菊澤 「オンリーワンのものづくりにこそ価値がある」というのが、私の考え。ですから技術向上とともに力を入れてきたのが知財戦略なんです。そのとき知ったのですが、匠と知財の両方を受賞している企業は少ないらしいですね。審査のときも知財についていろいろ尋ねられました。
武林 国内外問わず、特許をすごく持ってらっしゃいますもんね。
菊澤 うちの場合、国内で特許取得したものはヨーロッパとアメリカ、中国でも特許を取るようにしています。審査の時にもお話したのですが、知財には2種類あります。オンリーワンの技術であれば特許を取って公表すればいい。要は真似をしようとしても、プラ技研の技術がなければつくれないものですね。だけど内部構造のレシピなどは公表しない。オープンにすべきものとそうでないものをしっかり線引きして、使い分けるのが大切です。
内野 知財にはふたつあると。これは参考になります。
従業員の意識が大きく向上。
次のステップに踏み出すきっかけにも。
内野 「匠」を受賞されて、大きく変わった点とかありますか。
武林 まずは商談がスムーズに進むようになりましたね。受賞当時より年々、匠の知名度も上がってきたので、新規取引でもこれを持っていることで信頼感を得られます。また担当者も「こういう実績のある企業ですよ」と、上層部に企画を上げやすい。金型のことを詳しく知らない方もいますが、掲載された冊子を見せながらだと理解してもらいやすいというのもありますね。それに社員だけでなく、彼らの家族にも喜んでもらえたみたいで。行政に認められたことで、社員たちの意識も「町工場の職人」から「技術者」へと変わっていきました。
内野 それは私も実感しています。「自分たちは、こんなにいいものをつくっているんだ」というプライドが持てたと思います。私たちの製品は顧客の工場に納入するものなので、製造が完了したら自分たちの目に触れることはない。従業員が家族から「うちのお父さんは何の仕事をやっているの?」と聞かれたときに、武林さんの会社のように歯ブラシであれば、ホテルやお店で見かけて「これの金型をつくっているんだ」と言えますが、工場内の製造装置をうちの従業員は見ることができませんから。
菊澤 まあ装置製造はそういうものですからね。
内野 もともと誘導加熱装置というのは一部上場しているような大手企業しか製造していないのですが、そういう業界に私たちは30年前にシフトしたんです。今では、中小企業でありながら、国内の鍛造向け誘導加熱装置の製造はいちばん多いと思います。そういった実績が受賞後、メディアで取り上げられるようになってから、従業員も自分たちは凄いことをやっているんだと自信がついて、モチベーションアップにもつながりました。展示会でも匠のプレートを、誇らしげに掲げさせてもらっています。全国から来場される顧客から「これは何?」とよく聞かれますよ。
武林 うちも展示会には、プレートと冊子を持っていって、強くアピールしています。もちろん名刺にも匠マークを入れていますし。
菊澤 そういう社内の変化に関しては、うちは少しニュアンスが違うかもしれません。ちょうど匠を受賞したのが、創業40周年の時なんです。ただそのあとも毎年続けて申請をして何らかの賞を受賞しているので、匠や知財を受賞してどう変化したのかは、よくわからないですね。
武林 「ものづくり日本大賞」も取られてますよね。
菊澤 匠の翌年に「関西ものづくり新撰」(近畿経済産業局)で、2020年は継ぎ目のない治療用カテーテルの製造装置「MIX-mini(ミックス・ミニ)」を開発して、患者に優しい治療の実現に寄与した功績が高く評価され、ものづくり日本大賞(経済産業省)に選定されました。最上位賞である「内閣総理大臣賞」の受賞は、大阪府内の中小製造業としては初となります。
内野 3年間で3つも! 素晴らしい。しかも大阪府→近畿→全国と、毎年ステップアップされているんですね。
菊澤 ですから正直なところ、社内の変化を実感している暇もなかったんですね。ただ最初に匠を受賞したことで、「もっと上をめざそう」と社員たちの意識は変わっていったのかもしれません。それには先ほど申し上げたMOBIO担当者の力添えも大きかった。
内野 3つの賞では、メインになっている技術内容はすべて違うものなのですか?
菊澤 そうです。だからずっと慌ただしくて。ものづくり日本大賞を受賞した「MIX-mini」は自分でも画期的な製品だと思いますし、「世界でも例のない」要素が多いため、国内だけでなく海外に通用する技術が認められたのだと考えています。
内野 菊澤さんの会社が匠から上位賞へのステップアップとするなら、うちはスピンオフ的な展開といえるかもしれない。それは2020年に選定された「地域未来牽引企業」(経済産業省)です。
武林 これはどういうきっかけで申請されたのですか?
内野 匠とまったく同様、顧客企業が選定されたのを知って「これ何?」とたずねたんですね(笑)。すると経済産業省が「地域経済の中心的な担い手となりうる事業者」を選定しているんだと。選定された事業者は税制や金融など、さまざまな支援措置を受けられると聞き、これはいいな、ぜひ取りたいと思いまして。
菊澤 地域というのはどれくらいの範囲を指すのですか? 町内?区内?
内野 私の感覚では「地元」ですね。当社は大阪市西区で創業して今は西成区に工場があります。西成・住之江には工業団地があって、西区にも工場が点在しており、こちらに溶接などをお願いしています。そういうところがもっと活性化するようになればいいかなと考えて。ちょうどISOの審査員からも申請を勧められたんですね。これも例によって私ひとりで奔走していたのですが、自治体などの推薦が必要なので探していたところ、最終的にMOBIOにたどり着いたんです。
武林 選定されてから変化はありましたか?
内野 隣接するふたつの工場が廃業されたのですが、ご縁もあってうちが購入して工場を拡張する予定です。
菊澤 工場が3倍になるということですか?
内野 そうですね。加熱コイルを製造する工場を別に所有していたのですが、拡張した場所にそれを設置することとなります。同一場所でできるようにすることと、次のステップとしての新たな開発をする拠点という位置づけもあります。それとは別の話になりますが、地域にある仕入先の方々も高齢化しており、そういう人たちの受け皿になれればいいなとも考えています。
自社企画の製品開発という新たな展開も
内野 武林さんは自社企画の製品をつくられているんですよね。
武林 BtoC向けの製品をふたつ企画開発して、それぞれ「大阪製ブランド」に認定されました。
内野 これは本当にうらやましいですよ。最終製品の開発はものづくり企業の夢ですから。私たちの顧客にも建築金物やゴルフのアイアンといった最終製品のメーカーがあり、自分たちも何かできないかと従業員を巻き込んでブレインストーミングをするのですが、なかなかいいアイデアは出ません。
武林 そうですよね。私たちが製造する金型は裏方というか、メーカーに納品してそこで歯ブラシやカミソリの成形に使われます。それらはドラッグストアにいけば見ることができるわけですが、受注生産で波がありますので、暇だからといって工作機械を止めるのがもったいないとつねづね感じていて。そこで自社企画の製品をつくりたいと考えていたときに、大阪産業局の「大阪商品計画」を知ったんです。
菊澤 それはどういうものなんですか?
武林 大阪のものづくり企業や生産者などのつくり手が持つ技や伝統、想いをこめた商品の開発や販路開拓をサポートしてくれる、大阪産業局が大阪府と連携して実施している事業です。こちらに参加してデザインの考え方を教えてもらったり、ギフトショーへの出展を支援してもらったりしました。
内野 社内の反応はどうでしたか?
武林 社員からすれば、「急に何をさせられるんだ」という気持ちだったと思います(笑)。とにかく金型の技術をここに凝縮して、一般の人にどうしたら認めてもらえるのか頭を悩ませました。そうしてできたのが「ITADAKI(いただき)」。研鑽を重ねてきた自分たちの技術を活かして、日本の技術を世界にアピールできる工芸品をつくれないかという想いから企画したカトラリーレストで、2018年度「大阪製ブランド」ベストプロダクトにも選ばれています。
内野 苦労されたのはどういう点ですか?
武林 今まで歯ブラシの金型しかつくったことがなかったので、もう何から何まで苦労の連続でしたね。製品が完成して百貨店の催事に出させていただいたんですが、今までずっと工場で作業着だった人間が、急にスーツを着て何をやったらいいんだろうって(笑)。販路も何も決まっていなかったんですが、そのときたまたまMOBIOの方と会って大阪製ブランドへの挑戦の声かけをいただきました。
菊澤 もうひとつの製品というのは?
武林 マスクフレームの「マスクのほね」です。何か新製品をと会議を繰り返し数多くのアイデアから捻り出しました。これは工場や医療関係で働く人の、「マスクを長時間着用するのが苦しい」という声が反映されています。本業がコロナ禍で数字が落ちて、オリンピックに向けてホテル業界と取引が進んでいた「ITADAKI」も白紙になったところをこれがヒットして助けられました。逆に生産が追いつかず、一時期は3ヶ月待ちになるほど売れました。
内野 販路はどうやって開拓されたのですか? お見受けしたところ、ふたつの製品は路線が全然違いますよね。
武林 「ITADAKI」は展示会でバイヤーの目に止まり、ラグジュアリーホテルの方からも名刺を頂いて、今は会員制のホテルや予約が一年待ちの東京の高級寿司店などに置いてもらっています。それとはまったく逆なのが「マスクのほね」。最適な販売方法を探るためフリマサイトで売り出したところ、医療関係者から製品への評判が良く、その後自信を持って販売できました。パッケージも対照的で、こちらはエコを意識した簡易包装です。
菊澤 BtoCに挑戦されてよかったですか?
武林 今までにない苦労もいっぱいしましたが、一般の方に直接手にとってもらえるものをつくれた喜びは何ごとにも代えがたいですね。「マスクのほね」は社員だけでなくその家族も巻き込んで企画出しをしていったので、彼らの意識もさらに一段階上がったように感じます。
立ち止まることなく、
自社のオンリーワンを磨き続ける。
内野 匠を受賞後、歩んだ道も三者三様で面白いですね。菊澤さんは企業としてこれから、どういう展開をお考えですか。
菊澤 うちの会社には押出成形装置の研究所があって新製品開発をしています。医療機器関係は厚生労働省の認可制になっていて、顧客である医療機器メーカーは、うちの装置を使って製品ができてもすぐに売れるわけではなくて。
武林 認可されるまで、開発費として数千万円投入しても、数年は販売できない状況なんですね。
菊澤 その分、装置によって製品がつくられる過程を、顧客にすべて見ていただいて納得のうえで購入いただくようにしています。たんに機械を売るだけでなく、「製品の品質と生産性の保証」をコンセプトに「機械によって製品ができるまで責任をもつこと」、それを付加価値としています。受注した装置ができあがるまでのあいだ、当社にある装置でオペレートの練習をしてもらえます。医療関係以外の自動車関係、環境関係についても、顧客に実証して見せることで、安心して装置を買ってもらえることとなり、それらが顧客の生産性の向上にもつながります。
武林 これからはさらに医療関係を伸ばしていかれるのですか?
菊澤 ひとつのジャンルに専念すると偏ってしまいます。たとえば1億円の売上を上げたいとすれば、私は1000万円の仕事を10件する方を選びます。それが創設から変わらない当社の商売のやり方です。武林さんが直接ユーザーに売る楽しみができたとおっしゃっていましたが、私たちの仕事の醍醐味はそこしかない。うちはアメリカ・ドイツの展示会に出展し、海外でも商社を一切通さないで販売しています。医療機器の分野は日本より海外のほうが進んでいますから、そういう国から依頼を受けることによって、技術を前へ進めることができる。
武林 海外の展示会にも出展されてるんですね。ドイツは金型も発達していて私も展示会に行くのですが、装置にしろ、機械にしろ、何にしろ「どう考えたらこういうものができるのか」の連続で。菊澤さんがおっしゃるように毎回、衝撃を受けています。
菊澤 展示会は自分たちの技術の新しい変化をお披露目する場でもあります。現在10の分野で事業展開をしていますが、その10の柱は自分でつくろうと思ってつくったわけではなく、基礎となるプラスチックの押出し成形を確立したうえで、いろんなジャンルのお客さんが相談に来られた案件をまじめに考えてきた結果、40数年の間に10個できたというだけで。買う側の立場になってつくる側が考えることが大切です。
内野 お客さんの「こういうことしたいんだけど」に対して、「難しいからできません」といったら、そこで止まってしまいますもんね。
武林 そのときは形にならなくても、後日違う形で製品化できるかもしれませんし。
内野 今日は知財の話や一般消費者向けの製品開発など、どれも刺激のある話ばかりでした。じつは当社も欧米での販売を考えているところだったので、非常に参考になりました。
菊澤 欧米でも販売されるんですか?
内野 海外進出に関しては現在、中小企業基盤整備機構と話を詰めているところなのですが、こちらとのつながりも先ほどの地域未来牽引企業に選定されてからできたものです。
武林 ものづくりというのは、次から次へとお客さんの要望を実現していかなければならない世界。私たちでもまだ歯ブラシにこだわっている部分はあります。そこからどうやって脱却するか、そのためには基軸は金型ですが、技術開発に磨きをかけて、新たなオンリーワン技術をつきつめていかなければならないと思いました。