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攻めに転じるものづくり
社長の想いが動かす、新しい挑戦

景気は回復基調にあるものの、円安・原材料⾼などの経営環境の変化に対応するため、まだまだものづくり企業が抱える課題は多い。そんな状況であっても「攻め」の姿勢は大切だ。自社製品を開発し、BtoBからBtoCへとフィールドを広げる。IoTおよびAIのさらなる進化により、あらゆるモノのデータの蓄積・解析が進展するなかで新たなビジネスモデルを創出する。また社内改革を推し進め、社員のモチベーションを上げることで新たなステージへ踏み出そうとする企業もある。
今回は「守りから攻め」への意思決定を下し、新たな道を切り拓いた経営者たちが三者三様の「攻めの理論」を展開。攻めの経営を推進するための体制および人材とはいかなるものか、また攻めの経営を支える社内での取組みなどについて、とくと語っていただいた。

「守り」から「攻め」に転じたきっかけや時期は企業の体質によって違う。

チトセ工業株式会社
代表取締役 中西 啓文氏

双葉塗装株式会社
代表取締役 深江 裕宗氏

−まずはどういうきっかけで、現在みなさんの会社が進めている方向へ舵を切られたのかについて教えてください。

中西 「加工業から脱却し、自社製品をつくりたい」という想いは、自分の中にずっとあって。大手企業内で事業の立ち上げに携わってきた方と出会う機会があり、想いの丈を伝えて2010年にその人を中心とした事業開発部を立ち上げました。当社は幸いリーマンショックの影響もなく、逆に太陽光関連の仕事を受注して業績が伸びている頃だったので、新しいことに着手するにしても絶妙のタイミングでした。しばらくして三重大学と農業研究所から、「美味しいトマトを早く栽培するために、温度・湿度・照度を計れるデバイスをつくって欲しい」という話が持ち込まれました。そこで新たにLSI専門や生産技術系の人材を採用し、2012年から防水無線温度湿度照度センサー「Logbee(ログビー)」の開発がはじまります。
深江 そもそも、どうして加工業から脱却を考えられたんですか?
中西 それまで大手企業からTVチューナーの加工を受注していましたが、外的要因による浮き沈みが激しく、それが経営を阻害していて。自社で打って出るものを開発すれば、安定的経営ができるのではと考えていたんです。
三原 軌道に乗るまで、どれくらいかかりましたか?
中西 発売後2年は全然売れず、昨年から動きが活発化してきた感じです。
深江 販売先はどういうところですか。農家が中心?
中西 これがものづくり企業の陥りやすい罠で(笑)。マーケティングもせずに「いい製品ができた、これは売れるはず」と商品化してしまった。農家や関係施設に売り込みに行っても、まだ日本の農家は勘とコツの世界で、こんな商品は必要ないと。本業とはかけはなれた異業種ですから、これまでのツテも頼れない。そこでLogbeeのwebサイトを立ち上げてコンテンツを充実させ、集客する方針に変えました。担当者にも多くのセミナーに通わせて、1年間しっかりwebマーケティングの勉強をさせて。また検索されるのを待つのではなく、Googleアドワーズを利用して広告宣伝もしています。そうすると、あるとき橋梁関係の方から問い合わせがありまして。
三原 最初のターゲットと違って、意外な感じですね。
中西 そうなんです。橋やトンネルのコンクリートは、湿度85%以上を保ちながら乾かさないといけないらしくて。Logbeeは防水性があるので、コンクリートの養生に使われ、今はこちらの仕事がもっとも多い状態です。ほかには温度・湿度の管理が必要な食品加工業でも使われていますね。
深江 そういう事例があると、わかりやすいですからね。
中西 思いもしなかった業種で使われることでいろんな意見がもらえて、細かな改良を加えたり、電池が長持ちするタイプなど、多くのバーションがつくれました。今はデータをもっと広い範囲に飛ばせるものに挑戦中です。
三原 自社製品の開発販売は本当に勇気がいること。感心します。当社では成形機や加工機をオリジナルでつくったのも、ひとつのチャレンジですが、ISO9000と14000を自力取得したことが、一番の挑戦という気がします。特に最初に取得したISO9000に関しては思い入れもあって。「1999年中に、コンサルタントなしの独学で取る」ということを私が言い出したので、1993年にスタートし、1999年の12月30日に認証を取得しました。
中西 本当にギリギリじゃないですか(笑)。
三原 あのときはまさに全社一丸となりました。当社は先々代から従業員全員が正社員なのですが、だからこそ達成できた気がします。審査に通った時はみんなで泣きました。セミナーに通ったり、手づくりしたり。余計な遠回りもしたと思います。ISOはコストがかかるとか、手間ばかり増えると言われますが、自力取得したことによって、社員みずから「やるべきことをやって、お金をもらっている」という意識を持つようになりましたし、現在も定着しています。
深江 中西さんと違ってうちはリーマンショックの影響を受けました。それで今までは行ったこともなかった行政のセミナーに足を運ぶようになったのがきっかけです。これによって自社の強みも分かるようになりました。今は自社製品も開発していますが、そもそもは自動車などの産業用設備機械の塗装が中心です。いくら有名な製品をつくっている機械を、自分たちが噴霧で汚れながら一生懸命塗装しても、その機械が稼働しているところを自分たちは見ることができない。
中西 BtoBだと、どうしてもそうなりますね。
深江 縁の下の力持ちもいいけれど、そればかりでなく、そこからもう一歩先のものが欲しいと思いはじめて。だから「人の目に触れるもの」をつくりたいという想いがすべてのはじまりです。たとえばテーマパークのトラッシュ缶。これなら家族で遊びに行ったとき「お父さんが塗ったんだよ」と言えますし、子どもたちも友だちに自慢できるでしょ。

株式会社荒木製作所
代表取締役社長 三原 克敏氏

荒木製作所の社是「先義後利」。まず義を尽くせば、あとから利益はついてくるという考えだ

見た目だけでなく、機能もともなうこと。ものづくりにおける「デザインの重要性」。

圧空成形・真空成形は真っ直ぐなプラスチック板を加熱してさまざまな形状の製品を作り出す成形方法

−深江さんや三原さんの会社では、外部のデザイナーと組まれて製品開発をされています。ものづくりにおいて、デザインをどのように位置づけていらっしゃいますか。

深江 同社で考えているのは「三方良しプラス1(いち)」。これは塗装の仕事でも、顧客のその先にいるユーザーが、どういう使い方をしているかまで考えて仕事をしようというもの。見た目だけでなく、そういう想いを融合させていくのもひとつのデザインだと思うんです。そうやってつくられているから、手にとったときに喜ばれる商品になると思います。
三原 当社がデザインに注力するようになったのは、約10年前。東京と大阪で開催される『機械要素技術展』の医療部門に8年連続で出展していますが、今回は「川上に登ろう」と、大阪の展示会にはデザイン会社と共同出展しました。真空成形など加工法まで理解したうえで設計できるデザイン会社だったので、顧客の要望を一発でカタチにできる体制が整ったからです。これにより一体感のある流れが生まれ、顧客にも最適な提案ができるので、結果としてコストダウンにつながります。
深江 私たちは先ほど申しました「仕事の見える化」に加えて、「年に一度は手がけたことのない仕事に挑戦する」ことも目標に掲げました。やったことのない仕事に取組むことで、工夫もするし技術も上がる。そうやってコーヒーの焙煎機の耐熱塗装などを手がけるなど、成果を少しずつ積み重ねた結果、消防のハシゴ車やタワー・コントローラー、さらには電鉄会社の路面電車の運転台などの塗装を手がけるようになりました。
中西 そこからオリジナルの自社商品を手がけられるわけですよね。もうブランド化されているのですか?
深江 「PA」というブランドで展開しています。「P」はペインター、プリンプ(正確に)、「A」はアトラクティブの意味を込めて。今は収納ボックスやブックエンドなどを試作しています。行政のセミナーへ積極的に参加するなかで知り合ったデザイナーと、タッグを組んで自社製品の開発がスタートしました。これには若い従業員にやりがいや夢を持たせてやりたかったという理由もあります。それと中西さんが「いい製品をつくっても、売り方がわからない」とおっしゃられましたが、私の場合はターゲットが明確にあって。30代後半~40代前半の子育てファミリーで、食器にもこだわって食事を楽しむような人たちに使って欲しかった。
三原 かなり具体的に考えられていますね。
深江 「質感に意匠性をもたせ、コミュニケーションが生まれるものにしたい」という考えが、まず念頭にありましたから。最初はカトラリー、フォークやスプーンにコア技術である「美しい塗装」を施しました。2017年度の大阪製ブランドとして認証された「PA Bottle」は、塗装で培った技術を使い、キャニスターのガラス部への難しい塗装に成功し生まれたものです。
三原 当社は医療機器メーカーと取引しているので、それほど浮き沈みがなく、リーマンショックで売れ行きは落ちましたが他業種ほどではなかったです。製品数が少なくてもデザインに凝りたいというときに、重宝がられています。ただ発注数は少ないため、顧客を多く持たないと食べていけない。今、医療関係は国の補助金がおりていますから、採択事業で異業種からの新規参入が増えており、当社としてはありがたいです。

−多くの会社と取引するなかで、提案することも求められるのでは?

三原 深江さんのおっしゃる人の目に触れるという点で言えば、医療系のTVドラマでみなさんよく目にされていると思います。製品のカバーなので、残念ながらクレジットは出せないのですが(笑)。医療業界がデザインを意識し始めたのは10年ほど前。これまで機能優先だった装置類にも、デザインが求められるようになりました。あるシンクタンクの方の話では、医療装置は成形業界から材質や形を提案することが多いらしいです。つまり主導権は私たちが握っているということ。
中西 それは、ものづくりをするうえで有利ですね。
三原 そうなんです。医療装置のデザインに関していうと、現場で女性が増えたことも関係ありますが、金属で固めた角ばったものより曲線を帯びた樹脂製のほうが扱いも丁寧になるらしいです。それと工場自体が外から見える構造のものが増えてきた。そのときに四角い無機質な筐体が並ぶよりも、デザイン性に富んだ機械が並ぶほうが、来られたお客さんのウケもいい。板金は重たいですから、環境負荷から輸送コストを下げたいという会社からの受注もあります。また最近はメーカーから現場の作業者に負荷を掛けたくないので、設計段階から板金ではなく軽い樹脂にしたいという、想定外の要望も増えてきました。

2017年度の大阪製を受賞した「PA Bottle」は、65年間培われた塗装技術を活かしたキャニスター

IoT、AI、ビッグデータを攻めの手段に、最新ITで加速するものづくり改革。

Logbeeキャラクターの「びーちゃん」とロウ付けブレージングのキャラクター「ローくん」

中西 来年、新社屋に移るのですがここではエコファクトリー化を推し進めて、高効率な「クールファクトリー」にしていきたいと考えています。さらに最近、Logbeeで機械の稼働率の計測も可能になったので、機械の稼働がわかるモデル工場にもする予定です。4年前の発売時にはまだ言葉自体が普及してなかったのですが、「データを計測して無線で飛ばす」Logbeeは、今流行の「IoT」と呼べるものですから。
三原 たしかにそうですね。参入も早いですし。
中西 稼働率の話でいうと機械をどう安定稼働させるかは、製造業の悩みの種です。そこで最近、当社と愛知や九州の金型メーカーなど10社で、共同受注システムを構築しました。これは各社の設備の稼働状況をLogbeeで計測してクラウド上で管理、余裕のある会社に仕事を回すことで、各社の設備を有効活用し、生産性を向上させるしくみです。

−施設や設備の話が出ましたが、みなさんはいかがですか?

三原 5年前に工場の隣の土地を購入して、技術研究所を竣工しました(表紙撮影現場)が、さらに工場を広げたいですね。新しい機械も入れたいですし。今9台ある成形機の半分が自社製で、「平成28年度ものづくり補助金事業」に採択された、「ロボットビジョンシステムを利用した樹脂成形加工人員の多能工化」、つまり自動機の開発もしておりますので。
中西 うちは逆に新しい工場では機械を減らし、代わりに稼働率は上げようと考えています。高額な機械は24時間稼働させたいじゃないですか。これも働き方改革の一環だと思うので、そこを目指したい。最近「本当に製造業は1シフトが正解なのか?」と考えていて。三原さんの会社があるのは工業団地で、騒音問題もないから24時間稼働も可能じゃないですか?
三原 先ほどの自動機の話と矛盾するのですが、当社は手作業が多いんですよ。職人的要素が強いので、つねに誰かが機械を見ていなければならない。夜間稼働しようとしたら、今の倍の人員が必要になりますし、成形機なので熱の問題もある。ですから動かし続ける稼働率を考えるのではなく、使いたいときにすぐ動かせるということを優先しています。ただ温度管理は必要なので、Logbeeには非常に魅力を感じています。
中西 それは是非、導入ください(笑)。
三原 実は当社も今期、現場が一気に変わる予定なんです。これまで紙に手書きだったものが、作業者に端末を持たせての入力になります。現場から紙が減って、図面などもモニターで確認する体制になります。
深江 塗装だとIoTとかAIは、まだまだ遠くに感じますね。色を塗るときは人の手でおこないます。効率ばかり考えたら、いいものができない。もちろん納期の問題もありますけど、時間をかけるところにはたっぷりかける。難しい塗装も多いですし、生産効率は非常に悪い。
中西 当社も以前、双葉塗装さんに相談に行ったことがあるのですが、あれも口コミで「難しい塗装ができる会社」だと知ってうかがったんです。
深江 そうでしたね。ただそれとは別に、今あるメーカーがフランスの会社に合併吸収され、鋳物、ヘラ押し、板金、めっき、旋盤など塗装も入れて8社の取りまとめを当社でおこなっています。最近は工程管理までしているので、今日のお話を聞いて、そこにはIoTが使える気がしました。うちだけでなく企業間で、工程の進行具合がひと目で分かると助かりますし。

高い防水性と耐久性を誇るLogbee。湿度センサーも防水構造のため、設置場所を選ばない

米麹蔵では最近まで職人の勘とコツでつくられていたが、それらのデータ化に向けてLogbeeを採用

企業の改革は、まず社内から。独自の取り組みでモチベーションを上げる。

深江 中西さんの会社の「Logbee開発チーム」と、ほかの2つの加工部門の社員との関わりはどうなっているのですか?
中西 Logbee部門は完全に社内ベンチャー状態です。だから最初は「何かよくわからないものをつくっている部署がある」という認識で(笑)。毎月はじめに朝礼で会社のビジョンを語るのですが、この事業開発部をつくった経緯、ここからリスク回避の基盤をつくる話をして、自分の考えや会社が向かうべき方向性を理解してもらうようには努めています。また担当部署の社員にも、現在取り組んでいる内容について話してもらっています。

−みなさん社内でも、独自の取組みをされていますね。

三原 今年からマイスター制度を導入しました。管理職と技能職、それぞれのプロ認定制度です。たとえばエクセルの表をつくらせたら社内で一番というのであれば、マイスターに認定します。もちろんそれぞれに役職や手当もつけます。これによって仕事にもっとやりがいを感じて欲しい。
中西 組織内で特別な役割が割り振られる、というのはいいですね。
三原 私たちの仕事はどうしても事務職と技術職に分かれがちですが、双方の架け橋になる部門長のポストも用意しています。縦割りになりがちな組織に、横のつながりを持たせたかったんです。
深江 うちは基本アナログ人間の集まりです。だからネットで自分の想いを発信するなんてとんでもないという感じでしたが、7年前にFacebookで『色男の道』というページを立ち上げて毎日、順番で書かせています。慣れないもんだから、最初の頃はわずか20~30字の文章でも2時間かかってましたが(笑)。最近は自主的に自分で撮った写真や動画を交えてアップしています。あと私と妻とで前の晩から仕込んだカレーを金曜の昼食にふるまう「金曜カレー」を、10年ほど続けています。週に1回みんなで顔を合わせて食事するのですが、これが好評です。一人暮らしの社員もいるので、野菜もいっぱい取らせてあげたい。冬はかやくご飯とうどんのセットで温まってもらうようにしています。
中西 近所の人も呼んだらいいじゃないですか(笑)。
深江 そういう意味もあって、移転して場所も整えられたらと考えてます。
中西 食堂は大事ですよね。建て替えの際に社員から「食堂はカフェっぽくして丸テーブルにして囲めば社員同士の会話も弾む」と提案がありました。
深江 社員も会社のことは考えているんですよ。それを口に出して言える雰囲気にするのも大切。だから普段から直接、社長の私に気安く愚痴や本音を言えるようにしています。
三原 よく会社の「風通しがいい」と言いますが、その「風」って何かといえば、深江さんのおっしゃるようなことだと思うんです。それと当社は毎月の損益を1円単位まで、食堂に貼り出していて。これによって変動するボーナスの金額もすぐ分かるようになっています。
中西 社員に経理公開もされているんですね。
三原 会話ももちろんですが、こういった情報公開も風通しの良さにつながります。それと当社は社員持ち株制度を導入していて、社員の半数以上が株主という事情もあります(笑)。
−最後にこれからの展望や将来の夢についてお聞かせください。

深江 ひとつは200坪の土地に移転して、働きやすい環境をつくっていく。もう一つは寺子屋をつくりたいですね。以前、京都のデザイン系大学に関わったのですが、造形を学ぶ生徒の多くは希望する方面への就職が少ないので一般職に就く。そういう人たちを対象に、講師も呼んでものをつくりながら学べる場を用意して、ここから育って自分たちでものづくりする人になって欲しい。さらに塗装と融合させながら、製品づくりもできたら。
三原 IoTでいうと、私たちも生産管理のソフトをオリジナルで作成しています。これによって、成形上のビッグデータなども集約して最適な提案ができる。工場内もモニターだらけになる予定です。一年後に来ていただくと、工場の風景がガラッと変わっていると思います。
中西 Logbeeシリーズの距離を伸ばしたり性能を上げていったり、温度・湿度・照度以外のさまざまなデータが計れるようにして、IoT分野での幅広い展開を図りたいですね。会社全体としては、今の三本柱を別会社化、独立して展開できるようにしたい。それによって新たな組織が生まれ、それが従業員のチャンスや、やりがいにつながると考えています。

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