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異分野参入への挑戦~医療機器編~
多様な参入の形とは
医療機器市場は、その安定性・収益性の高さから、国内メーカーも長らく新規参入の検討や試行錯誤を繰り返してきた。進歩し続ける医療の現場では、医療従事者や患者がかかえる不便・不満は後を絶たず、医療現場の課題解決のための「ニーズ」は山積みだ。このようなニーズをつかみ、ものづくり中小企業が自社の技術力を応用し、医療機器分野に参入するにはどうすればいいのか。今回は「日本の技術をいのちのために委員会」事務局長である日吉和彦氏をファシリテーターとして迎え、さまざまな形で医療機器分野と関わる企業にお集まりいただき、ものづくり中小企業が医療機器分野に参入する際に必要なステップやハードル、メリットなどを語っていただいた。
ものづくり中小企業の医療機器分野参入の現状は。
日吉 まずは自己紹介も兼ねて、みなさんの医療機器分野との関わりについてお話いただけますでしょうか。
木幡 創業から108年変わらず、船に積むボイラーなどに使われている機械式圧力計をつくっています。近年はデジタル式の圧力計も製造しており、これを応用して医療用に使える呼吸筋力計に取り組んでいます。呼吸リハビリ分野の計測に活用できる機器として医療機関での導入が期待されており、業認可は昨年取得済みで、これから製品認証の薬事申請をして本格的に医療機器分野に参入していこうというところです。
宮原 当社はメッキ事業から始まり、現在はプリント基板のみを製造しています。ここ数年は小さいもの・薄いもの・高多層・高放熱といった顧客の要望に応える製品を手がけると同時に、次世代プリント基板を開発しています。まず回路を直接対象物に描けるナノボンド基板は、複雑なエッチング工程が不要となります。もうひとつは伸び縮みできるストレッチャブルPCBで、生体に直接つけることを目指しています。今年1月に出展した『ウェアラブルEXPO』では、非常に大きな反響がありました。顧客からのさまざまなニーズに対し、どう商品に仕上げるか検討を進めています。
森田 当社は1921年創業時からメリヤス針を製造してきました。メリヤス針はプレス・曲げ・絞り・研磨など色々な加工が必要な商品です。この技術を用いてステンレスのパイプ加工に着手し、現在はこちらが主流です。医療関係の認可は取得していませんが、中間部品としてのシェアは確立できています。昨年2月に医療専門の建屋を設立し、医療用製品が社内で占めるウエイトを「今後5年で5倍」にすることを目指しています。
玉川 大手家電メーカーを退社後、あるきっかけで「チューブポンプ」という、チューブをしごいて液体を押し出すポンプをつくることになり、法人化しました。当社が開発した「Ring Pump®」は、直径の大きなリングでチューブを圧迫する仕組みで、チューブにかかる負荷を軽減できるものです。医療に関しては人工透析用やインスリン投入用ポンプも開発しました。2点とも事業化にはいたりませんでしたが、後者はポンプがインスリンを体内に自動で投入してくれるという超小型のもので、6年ほど前から大学の研究室などで、再生医療分野の基礎を支える細胞培養等において、必要な溶液の微少流量コントロールに使われるようになりました。
医療現場に求められ、喜ばれるものづくりのために。
日吉 ここからは個別に話をうかがいたいと思います。つい10年前まで「医療機器産業」という言葉もなかったのが、近年状況は大きく変わり、企業がこぞって参入する動きが見られます。国民の命にかかわる医療機器は、先進国においては規制産業です。日本はベンチャーキャピタルにお金が回らないシステムなので、「規制産業である限り、行政はそれにチャレンジする者を支援しなければいけない」というのが私の持論なんです。そんな規制産業への参入に挑戦された木幡さんにとって、行政の支援というのはどんな意味がありましたか。
木幡 行政などの支援なしで、自社単独では絶対に不可能だったと思います。大阪府・大阪市・大阪商工会議所など、支援機関はすべて活用してきました。異分野であるうえに多くの規制がある分野ですので、今思えば「そんなことも知らないの?」というところからのスタートで、関西広域連合の医療機器相談窓口等で専任のコンサルタントのアドバイスを何十回と受けながら進めてきました。
日吉 「参入したいけれど、どうしたら良いか分からない」という企業は本当に多いですが、「ここが勘どころだよ」というのはどういうところでしょうか?
木幡 まず現場の医療従事者の生の声が聞けること。これが今回の開発においては非常に重要な意味がありました。事業に取り組むにあたって、行政や商工会議所につないでいただくことで普通ならお会いできない先生とお会いできました。もう一つは、医療機器メーカーしか出展できない学会併設の展示会にも出展させていただいて。そこである大学の教授から声をかけていただき、「ひょっとするとこれで呼吸の圧力を測れるのではないか」という話になり、今回の商品開発につながったわけですから。
日吉 医療従事者の「本当にこれが欲しい」という感触をどうつかむか。コミュニケーションをスムーズにとれる方が成功します。
木幡 私がお会いした先生に共通していたのは、医療現場の課題を解決することに非常に熱心だった点。お話を聞いているだけで、自分たちが力になれればという気にさせられました。私事になりますが、先代である母は肺ガンで3年前に逝去しました。呼吸器の病気というのは初期の自覚症状がなく、発見された時には重症度が高い病気なので、早期発見のお役に立てるのなら、という使命感も強くなりました。
海外マーケットも視野に入れた戦略を。
日吉 サトーセンさんはこれまで、医療機器分野とどのように関わってこられましたか?
宮原 プリント基板は最終製品を知らされないケースが多々あります。古くはマンモグラフィーにも使われていたり、医療機器に使われると知らずにつくっていたことは多いです。今までは受け身の取引でしたが、このナノボンドαやストレッチャブルPCBに関しては、医療分野だけでなくヘルスケア分野での使用も目的としています。
日吉 自ら可能性を広げられたわけですね。その上で自社の技術を知らしめるために、どのような工夫をされていますか?
宮原 この質問は私たちにとって非常に大きな課題です。私たちの製品は6~7割が海外向けですが、海外だと「今ないもの」への食いつきが違います。今夏シリコンバレーのサンノゼに出張した折、従来型のスマホに組み込まれているLED基板には興味を示さないのに、ストレッチャブルPCBやナノボンドαに関しては、「こんなものは見たことがない!」と大きな反響がありました。
日吉 そこから方向性も見えてきたと。
宮原 そうですね。戦略としましては医療・ヘルスケア分野に限らず海外企業とパートナーシップをもち、試作品をつくって逆輸入するのが「勝利の方程式」になるのかなと考えています。展示会出展は王道ですが、それプラス自らセミナーを開催したり。現在、国内の基板需要は減少し、逆に海外は増加している。ですので必然的に海外に目を向けることになります。JPCA(一般社団法人日本電子回路工業会)に所属しており 、プリント基板メーカーがタッグを組んで海外へ進出する仕組みづくりも考えています。
日吉 それは素晴らしいですね。
ニーズを探り、提案することでイニシアチブをとる。
日吉 森田製針所さんは、自社の針について、医療の領域でどのように用途開発をされていますか。
森田 基本は顧客からの依頼による受け身の開発が中心ですが、今取り組んでいる製品のひとつに、前立腺ガン治療に使用される針があります。私たちが今研究しているのは、放射性物質の入った5ミリぐらいの金属カプセルを体内のガン細胞のある場所へ直接入れ、カプセルから放射性物質がじわっと放出して治療するというものです。従来の放射線治療だと良い細胞まで殺すため患者の体の負担が大きく、また一度では終わらないのでコストもかかる。この方法なら良い細胞をできるだけ殺すことなく、カプセル内ではずっと放射線が発生し続けているのでコストも安く、転移もしにくい。他の金属なら経験もあったのですが、今回使用するチタンは融点が違うため難しく加工法も違ってくる。その研究により加工のノウハウも蓄積しています。
日吉 具体的なニーズを自ら浮かび上がらせるのは難しいですよね。そういう立場から自社製品・技術をアピールする方法をどうお考えですか。
森田 MOBIOの常設展示場やインターネット、展示会などを使った発信には力を入れています。今までは先方から「~できないか」という相談を受ける立場でしたが、「こんなことができる」と発信や提案することでイニシアチブも取れ、「これができるのなら、あれも可能では?」という話の進展もありますし。最近は、まだ受注したことのないようなものを先行してつくり、展示会に出品してPRしています。
日吉 私たちも展示会の重要性を新規参入される方によくお話します。展示会で自分たちのメッセージをどれだけ発信できるかで、変わりますよね。
森田 先ほどのガン治療の針はドイツのメーカーからの引き合いなのですが、これも得意先がドイツの世界最大規模の医療展示会に出展された時に同行して、出逢ったのがきっかけです。
自社の技術とニーズをマッチングさせ、特化していく。
日吉 人工透析用のローラーポンプやインスリン投入用ポンプが最終的に製品化されず、良い技術シーズであっても、医療機器として製品化される道筋はなかなか一筋縄ではいかない場合もある。アクアテックさん、まずはこのニーズに巡りあった経緯を教えて下さい。
玉川 自分たちのつくったものが、細胞培養というまったく想像していなかった用途に転用できる。そんなきっかけがあって情報を集めていくと、事業としても面白そうだから、小さなポンプに特化してやろうという流れになりました。
日吉 医療の世界に参入するために新しい人材を採用したいという企業もありますが、医療機器メーカーに勤めていても法的規制については詳しくなかったりする。むしろ大企業は人材豊富なので、さまざまな分野にチャレンジしてきた人も多い。玉川さんの会社はそういう人たちで成り立っているから、ユニークな製品開発が可能だったのでしょう。
玉川 社員の旺盛な好奇心と「やってやろう」精神が、上手く合致した結果です。今は自社のチューブポンプが最適な条件を持っているようなところ、「細胞にやさしいポンプ」である点に特化して次を目指そうかなと考えています。ただ医療認可を取って参入し、それを売っていくのは難しい。ですから、サポーターのような感じで中小企業でしかできないような部品をつくるのが、もっとも役に立つやり方ではないかと考えています。
日吉 この国内用途として、高く評価されているのは再生医療の現場、アカデミア(学術研究の場)がメインのユーザーになっている。これが欧米であれば実際に医療現場での採用もありうる。海外のマーケットの開拓についてはどのようにお考えですか?
玉川 そういう流れはできています。自社だけでは難しいですが、海外展開している会社とタイアップして情報をいただき、その会社を通してアメリカではかなり売れています。
日吉 異分野からの参入は苦労を伴いますが、同時に人の命に関われるやりがいがあります。最後にみなさんから、医療分野への参入を考える経営者の方にメッセージをお願いします。
木幡 今までの仕事も産業の下支えをしてきましたが、医療の場合は直接的に社会のためになることができる、非常にわかりやすい分野です。そういう位置づけなので、行政を含めさまざまな支援機関からの手厚い支援も受けられるわけです。医療の世界というのは細分化されていてとてもニッチなので、中小企業でも確実に役に立てる分野があると思います。それと異分野から医療に参入する方は同志のような感覚なんです。常に情報交換をさせていただいて、とても力になりました。自分も今後参入される会社には協力したいという思いはあります。
宮原 自分たちは電子部品をしっかりつくり込むことしかできませんが、その技術を用いて、今まで解決しなかった課題解決のお手伝いがしたい。医療・ヘルスケア分野において、インパクトを与えるスパイスのような存在になりたいと思っています。
森田 金属加工部材は医療にはなくてはならないものです。今後、医療機器分野に参入するには、まずPRすること、そしてパートナーを探すことが大切だと思います。一社だけでやれることには限界があります。最適なパートナーを見つけることで、参入のハードルを下げることができます。
玉川 医療分野というのはある意味アナログな世界なので、ものづくり企業ができることは非常に多いと思います。いろんなところからコラボしたいという声もかかるでしょう。そういう時につなぐ役割が重要になってきますので、これを行政がしっかり担っていただきたい。一つの会社だけでは不可能なことも、上手くつなぐことでそれが可能になります。
日吉 医療のニーズは多種多様。逆にいうと大量生産には向かないため、大手企業には不向きな部分があって、逆に中小企業のほうが自社ブランドを持てる可能性が高い領域です。そのためにはみなさんがおっしゃるように、チームを持つことはポイントかもしれません。木幡さんのところは最終製品、宮原さんは医療・ヘルスケア、森田さんは針に特化した中間加工品、玉川さんはチューブポンプという部材供給と、四社四様の技術を活かして命の現場につなげられています。こういった企業の取組みを見て、今医療分野参入を考えてらっしゃる会社も、自社の規模や特性、技術力にあったそれぞれの参入の仕方を考えていただければと思います。