MOOV,TALK
人と技術の織りなすものづくり。
大阪における「人づくり」のかたちとは
「ものづくりは人づくり」と言われるように、ものづくりは人が生み出す技術の結晶である。企業が持続的成長を続けるには、自社の製品や業務の質を向上させる人材の育成が重要だ。しかし人材育成が企業の重要な経営課題であることを理解しつつも、十分な取り組みができていないものづくり企業は多いのでは。そういった中、人を大切に育て、従業員の能力・やる気を高めることによって、会社の付加価値向上を目指す企業がある。今回は技術力や企画力、そして人間力までさまざまな角度から人材育成に力を注ぐ3社の代表が集結。それぞれの事例を紹介しながら、ものづくり中小企業における人材育成の取り組みとその成果や課題、新卒・障がい者雇用の実践、そして思い描く将来の姿までを語り合った。
人材育成の取り組み方は三社三様。
―まずは現在、それぞれの会社で取り組まれている人材育成について教えてください。
青山 当社ではここ5年ほど自社製品の開発に力を入れており、開発部門の人材育成に精力を注いでいます。そのために足の研究をされている桜美林大学の阿久根教授をはじめ、大学と連携したり、大手企業で商品開発に関わられたOB・理化学研究所・病院関係の方など外部から多数の顧問を招いたりしています。これだけの外部顧問を揃えた理由は、「レベルの高い人と一緒に仕事をすると、社員の成長が速い」。これに尽きます。
山中 自社製品はいいですね。うらやましい。
青山 学術系の顧問に来ていただいているのは、効果・効能を示せるエビデンスのある商品を作るためです。現在は開発製品の方向性を決めるマーケティング担当がおり、社員全員がアイデアを出すなど開発基盤は整いつつあります。足に焦点を絞って開発した「フットグルーマー」がTV通販でヒットしましたが、成功商品にはリニューアルが求められる。そういったルールについても、私をはじめ社員みんなで学びながらという感じですね。
山中 「フットグルーマー」持っていますよ(笑)。夫婦ペアで買いました。
青山 ありがとうございます!
山中 当社には手づくりのばねを担当する熟練の職人たちがいますが最高齢は80才です。彼らが趣味で、廃棄するダンボールで兜と、それを飾る台をばねで作りました。それを見た大東市から地元の名将・三好長慶の兜制作の依頼があったり、ほかからも兜づくりを教えて欲しいと言われ、週1回、会社で教室を開いています。この兜づくりを地域の障がい者支援事業所の仕事にするつもりです。現在、障がい者の事業所での工賃は時給100円以下のところも多く、全国で大阪が一番安い。そういう人たちの自立の助けになるよう、時給500円で働ける仕事をつくろうと考えています。
―山中さんの会社では障がい者の雇用に積極的に取り組んでおられますね。
山中 精神障がい者の社員雇用は2年前からです。作業所を見学させてもらい、試しにばねをぐっと押さえる仕事をしてもらったら、うちの社員より速かったんです。
青山 当社の商品も四條畷にある障がい者福祉施設に、検査作業を依頼しています。
山中 それまで私の仕事の判断基準は「できる/できない」の二択しかなかったのが、障がい者を雇用することで「少しでも、ハンディキャップのある人の目線でものを見ることができたら」と考え方が広がりましたね。誰でも仕事を覚えていく過程で、あるきっかけで成長することがある。障がい者だからできないと決めつけるのは、その芽を摘み取っているのと同じです。
川原 当社の場合は先代(父)が人に教えるのが好きで、社員研修は継続してやっていました。ただ身内だと甘えが出てしまうので、外部の人にお願いしたほうがいいのかなと悩んでいたんです。その時ちょうどいいタイミングで、大阪府職業能力開発協会からものづくりマイスター派遣の案内をいただきました。これは厚生労働省認定の熟練技能者(ものづくりマイスター)を自社に派遣していただき技能検定試験の問題等をベースにした実技指導を受けるもので、さっそく利用させていただきました。
「社外の風を取り込むこと」が人材育成の鍵。
―みなさんの取り組みをお聞きしていると、社外顧問の登用やマイスター制度の利用、また地域との連携など、外部の風を社内に取り込まれている印象を受けます。これらの取り組みによって、社員の反応や社内の雰囲気に変化はありましたか?
川原 マイスターはものづくりに対してとても熱い思いを持っておられて、技術はもちろんですが仕事への取り組み方、準備段階からの気持ちの持ち方まで教えていただけました。1年間実技指導をしていただき、その結果として昨年、当社の仕事に関わる配電盤機器の技能検定を7人が受験して4人が合格しました。不合格だった社員も今年、再チャレンジする予定です。
青山 私は以前から「改革には社外の風を取り込むことがいちばん」という考えを持っていました。そのために社外の勉強会や行政の支援機関などに積極的に出向き、アンテナを張る中で、今の社外顧問の先生方と出会いました。社内全体で商品開発に取り組む中で感じたのは、人がものを作るのですから、人のレベルを上げること以外商品のレベルを上げる方法はない。たとえば大手企業に勤めておられた人の凄さは、「押さえるべきポイントを知っている点」です。社員が一生懸命企画した内容についても、想定外の指摘や厳しい評価をされます。そのため社員は最初のうちはショックを受け落ち込むのですが、それをバネにして企画力を少しずつ伸ばしていきます。この「優秀な外部顧問に学ぶ」というやり方に人材育成は集約されており、当社の生命線にもなっています。
山中 うちは地域密着型で、地域の小学生から大学生、障がい者支援所の方まで、いつでも見に来てくださいというスタンス。外部の人が来ると社内がピリッとします。いつも言うのは「この会社は凄いな」と言ってもらえるように、努力しなさいということ。また大東市には障がい者支援事業所が20以上ありますが、そこで作られた豆腐やお菓子を障がい者の方にうちの駐車場で売ってもらったり、社員とも交流してもらったりしています。彼らは礼儀正しく挨拶もしてくれますし、こういうことをきっかけに社員の意識や人間力が高まればと考えています。
ものづくり企業に欠かせない、
技術の修得と継承。
―山中さんや川原さんの会社は技能検定に挑戦されていますね。
川原 先代は「見て覚えるもの」という、昔ながらの職人気質の人たちに囲まれてやってきました。しかし、いつまでも個人の技量に任せるのは限界があります。次のステップに進むためにも、マイスターを招いたり、技能検定試験の勉強をすることが必要だと考えました。
山中 技能検定試験は全社員に義務づけています。その甲斐あって当社では、社員の2人に1人が金属ばね製造技能士です。社員数からすると技能士の割合がとても高い会社と言えるかもしれません。毎年試験に挑戦させ、将来的には事務職の社員も含めて資格取得100%を目指しています。技能検定の試験用紙は持ち帰れないので、問題を暗記して帰って問題を作ったり、ベテランが若手に教えてくれたりしています。
―現場における技術継承に関してはいかがですか。
山中 金属ばね作りでは製品に合わせて、自分たちで道具を作ります。製造工程の中でも、完成度を左右するカギとなるのがこの「治具」の精度です。線材の難加工を可能にするノウハウが詰まった治具があってこそ、多種多様なばねは生まれますが、これはマニュアル化できない。感覚なんです。当社の最高齢は80歳ですが、この熟練職人から22~23歳の若手へ、「見て習わせる」まずやって見せて、一緒に治具作りをする、の繰り返し。技能継承がそうやってできてきていると感じています。
川原 技能継承は大切ですよね。会社として、ものづくりの根幹となるものはあっても、細部までのマニュアル化ができていないので、人によってやり方が違っていました。そこで、社員間のレベルをフラットにするために、ほぼ毎日朝礼の時間を使って、電気の知識やハンダの方法、計測器の使い方など技術面のことについて会長が社員に対して研修会を開いています。今後はマイスターの方に来ていただき技能検定を目指して勉強会をします。また、現在従業員は25名ですが、若くて30代前半~40代で、その上が団塊世代と間が空いています。技術の継承を考えると、今後は20代の若い人を採用していきたいと思います。
―企画力、技術力はもちろんですが、社員の顧客への営業・提案力アップための取り組みはされていますか?
川原 うちは職人気質が強くて、コミュニケーションが苦手な人が多いです。営業は基本的に私がおこなっており、社員は技術職と製造職だけなのですが、当社の場合は個別仕様に基づくオーダー品を製造するため、技術職の社員が相手先の設置場所を見て顧客に製品のアイデア等を提案します。ですから提案力の強化は課題のひとつですね。
青山 毎月第4金曜日は、商品会議にほぼ半日を費やします。この会議では社員によるプレゼンもおこなっています。ここでは顧問から容赦ない質問が飛びます(笑)。「こういった時にはどんなデータが必要なのか、どういう応答をすべきなのか」を、会長以下私や役員も全員で勉強している状況です。
山中 当社も技術系の営業マン。ものづくりをする人間が商品の良さをダイレクトに伝える必要があるため、ものづくり力が営業に直結する仕事です。私たちは地域の学校などからの見学会の受け入れを頻繁におこなっており、その時には当社の事業や製品について若手に説明させています。商品開発のプレゼンとはレベルが違いますが、これによって「伝えたいことをどう言えば伝わるか」という経験を積ませています。
社長より外部の人に評価されることで
モチベーションは高まる。
―採用についてお聞きしたいのですが、現在はどういった人材を求められていますか。
青山 自社商品の開発に舵を切ってからは、開発・マーケティング部門の人材が必要になってきましたので、現在は専門職の中途採用が中心です。
川原 ポリテクセンター関西や学校の先生から紹介いただいたり、派遣でよく働いてくれる人をそのまま正社員に登用することが多いです。最初にお話ししたマイスター制度の利用や技能検定試験への取り組みを始めたのも、中途採用が多いからです。しかも当社の事業とは畑違いの部門から来られた人が多く、年齢も30歳以上の方が中心。そのため会社が学ぶ機会を用意しなければ、自分から時間を取ることは難しいと考えたからです。
山中 うちは新卒の雇用も今年で5年目。基本的に社員とは「縁があって来てくれているもの」と考えており、役員も同じ考えです。だから私が難色を示しても、現場が「私たちが育てます」と言って採用することもあります。障がい者が入社した場合、周囲の人間が理解する努力をすることも大切です。様子を気にかけるようにして、何かあれば事情を聞いて少し休ませたり。そんな風に社員も変わりましたね。創業者である父も「人は宝」とよく口にしており、それが「人間性を尊ぶ」社風として受け継がれているのかもしれません。
―川原さんは「ものづくりの魅力」を伝える動画の発信もされていますね。
川原 私自身も現場で働いた経験があり、今も「ものづくりは面白い」という実感を持って仕事をしているので、若者にものづくりの楽しさを伝えたくて。中途採用で他の分野からきた人でも、実際やってみると面白さは分かってもらえますし。また従業員の10%が女性で、事務職でなく技術職に就いており、彼女たちも何の知識もないところから一から学んでいます。あと女性の場合だと結婚・出産によってリタイアしてしまうのは非常に残念なことだと思います。子どものことで休みを取りやすくしたり出勤時間をフレキシブルにしたりと、当社では継続して働けるように配慮しています。
―社員のモチベーションを上げるために、何かされていることはありますか?
青山 うちの場合であれば業績を上げることと、開発に関するテーマが多くあることではないでしょうか。テーマを多く持っている社員は元気です。アイデアに溢れた状態であれば、放っておいても顔色は変わりますよ。
川原 ずっと先代社長の父を見てきて、さらに今年9月に自分が就任して思ったのが、「社長は元気で笑顔でいるのがいちばんだな」と。健康で明るい存在でありたいと思います。
青山 それは大事ですね。あと誰が褒めるかも重要。私が社員を褒めても親が子どもを褒めるのと同じなので、外からどう評価されるかが大切です。社内では「売れた商品=いい商品」という定義付けをしていますが、そのいっぽうで「大阪ものづくり優良企業賞」のように企業として行政から認証をいただくと、自ずと社内のテンションも高くなります。このように愛情を込めてつくった商品が売れるという形、もしくは公的機関からの表彰という形で外から認められることが、社員にとっては最高のご褒美です。
川原 それはありますね。先日、私どもも「大阪ものづくり優良企業賞」を受賞したのですが、これによって社員のモチベーションが上がったという手応えがあります。また優れた人材を集めるためのひとつの看板になると思いますし。
山中 外から褒めてもらうためには、人との付き合いが大切ですね。私が会社の周りを掃除するようになると、それを見た社員が自主的に掃除をするようになりまして。さらにそれを見た近所の人から感謝の言葉をいただいたんですね。そういう小さなことの積み重ねで、社内の雰囲気は良い方向へ変わると思います。社員は家族。ともに成長していきたい。
―最後にみなさんにとって社員とはどういう存在か、また将来に向けての展望をお聞かせください。
青山 自社開発製品のウェイトをもっと上げていきたいですね。それと企業は社会貢献することが大切です。ですから社員は「一緒に社会貢献している家族」という存在ですね。
川原 青山社長のおっしゃるとおり、まさしく社員は家族であり、同志でもあります。会社が長生きするためにも、自分ができる限りのことをしていきたいです。
山中 当社は私が生まれたときに創業したので今年で63年です。これからは百年企業を目指したいですね。百年目を迎える頃には、新卒の社員が60歳になっているので、「百年続く会社になるためには何が必要か?」をみんなで考えて進んでいきたい。若い社員は次世代を託す後輩であり同僚、社員は仲間であり子どもでもある。それぞれの持ち味を付加価値として全員がものづくりに関わり、社員やその家族と地域の人たちが気軽に来ていただける、安心できる会社を目指していきます。